運は「粒子」のようなものである
運というものを、人はよく「サイコロ」や「女神」にたとえる。
でも自分はここ数年、運を「粒子」として捉えるようになった。
このメタファーに切り替えてから、運というものがぐっと扱いやすくなったし、自分の行動の指針も明確になった。
運の粒子は、世界中を漂っている
イメージはこうだ。
世界中のあらゆる場所に、無数の「運の粒子」が漂っている。
それらは常にランダムに運動していて、ふとした瞬間に人や出来事と衝突する。
衝突した数だけ、人生にチャンスや偶然のめぐり合わせが生まれる。
サイコロや女神のメタファーが厄介なのは、運を「向こうから降ってくるもの」「コントロール不可能なもの」として描いてしまうところ。
必然的に受け身の構図になりすぎる。
一方、粒子のメタファーは違う。
粒子は物理的な存在として空間に分布していて、自分の身体やふるまいによって衝突確率が変わる。
だから「運を高める」という行為が、抽象的な祈りではなく、具体的な物理操作として捉えられるようになる。
やるべきことは2つ
粒子モデルで考えると、運を高めるためにやるべきことは2つに集約される。
1. 自分の表面積を広げる
粒子との衝突確率は、自分の表面積に比例する。
だからアウトプットの量を増やす。種類を増やす。違うジャンルに越境する。普段会わない人と話す。
表面積が小さい人ほど、粒子はそのまま素通りしていく。
2. 粒子の濃淡を読む
粒子は世界中に均一に分布しているわけではなく、明らかに偏在している。
特定の場所、特定のコミュニティ、特定の人の周りには、粒子が濃く集まっている。
「運が良さそうな人の近くにいると、自分にも運が回ってくる」というのは、精神論ではなく、単に粒子密度の高いエリアに身を置いているからだ。
だから、粒子の濃淡を読み、密度の高い場所へ自分から移動するべきだ。
そのために最も簡単な方法は「運の良い人とつるむ」ことだ。
運は狙って高められる
この2つを意識するだけで、運は一定程度コントロール可能な問題に変わる。
「運がいい人」というのは、生まれつき女神に愛されている人ではなく、表面積が大きく、粒子の濃いエリアに身を置き続けている人のことだ。
運は、狙って高められる。

